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華然の会から生まれた清水南龍の華舞台/瀧山寺本堂(御本尊薬師如来)
音楽家達との出会いを本坊で宴として始める。三浦太鼓六代目彌市(三浦和也)とのコラボレーションは天を分け光がさす勢いを作る。パフォーマンスという表現が主流の中、本物というのは奉納と相伴から生まれることを宣言する。
以降瀧山寺五節句の宴は天台宗から「一隅を照らす」という布教活動のこうろうとして表彰される。そして「味噌六太鼓」へと進み、本太鼓は平成・令和と岡崎市夏祭りの花形となる。
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