top of page

◇ 華道家元五景花栄心 ◇

 

初代家元 清水栄心は、諸流研鑽の後 多くの方々から讃辞(推薦)により創流。華道栄心流とした。

根幹には「花は野にある様に」という深い理念がある。

 

自ら花材を作り、時節に応じた自然との暮らしを生活の中に又生きる教えとして、流派は形成された。

その本質には「縁」と「縁起」がある。

その想いには「もてなし」「しつらい」「ふるまい」の生活感。つまり暮らし方がある。

 

華道。いや茶道の世界観が強い。

 

元々ある。又今もある。

自然崇拝の精神をひもとき「Way of HANA」として広く世界への導きを得、

数々の経歴の一行に、そして幾重にも重なる文化振興につながったものと

流派としての誇りを感じてやみません。

 

平成12年 流派名を変更する。

華道家元五景花栄心(かどういえもと いけばなえいしん)

 

その改名には根本にある「お人の生きるに暮らすに大切な茶心」がある。

初代清水栄心には そうした信心の創造性が裏付けとなり「もてなす・しつらふ・ふるまう」の自然と人とを

おおらかに楽しくそして共に築き合う人生の喜びを願う創流の社会貢献が多数ある。

小生は後継者第一位としてあるが、雲棲華塾のコンテンツの一つとして取り込む事で、より個性重視のプログラム開発を

検討している。(令和元年現在家元代理)

 

武士が華を創設し大衆に広めた。

唯一武士の幕府が京都に開かれた室町時代のことだ。

足利尊氏の家臣佐々木道誉の「生き様 暮らし方」が後の幕府 同朋衆を産み、会所の確立と共に

世阿弥達の文化創造等が茶道へ、華道へ、香道への発展と共にこの国の文化の礎となる。

 

そして初代栄心の想いは江戸時代、 奈良に存在する「立て花師」井上友貞の提言に流派傾城の根幹を観る。

書籍に残る文献的価値からの類推だが

茶道の自然観にある「いけばな→五景花」という哲学的・文化的解釈に呼応。

元々茶道にある「儀礼性・収容性・芸術性・社交性」をより深く極める想いを衆生に広く展開するきっかけとなった。

 

供養鑑賞の交錯した大衆的な部分かもしれない。

供養鑑賞はお互い相容れない崇高な発祥の心があるが、平成の御代 二つは共に響き合い何かを導き合っているようにも思う。

平成30年に近づき 流派も創流60年から70年を向かえるときが来た。

少しだけ歴史というものを頂き、伝統性という伝承への価値を得つつもまだまだの研鑽。

 

「五景花(いけばな)」なるコンセプトの独自性は唯制約の中だけでなく多岐にわたり試行錯誤を重ね、

進化を遂げていくものと二代目の美意識 生き方 美学へと夢は広がっている。

 

代表的活動は「個々の生き方価値と美学をもって暮らす文化人形成」を「あるがまま→応変」としてとらえた雲棲華塾の創設。

文化塾と言ってしまえばそれまでだが、人の渇いた心を癒やす役割は 政治経済とも対等な意義。

「心にゆとりを持ち、豊かに暮らす。時間・空間・人間」の個々の創造を教義の柱とした

「この国の文化観の育成」は 設立5周年を経て普及し始めてきた。

 

「雲棲とは応変」つまりあるがままに縁を縁起にかえる。英知と経験と想像の社であることの意義だ。

二代目候補(現副家元清水南史)の継承への想いの一つ。

そのためには「なじむ 気づく 学ぶ」を経て自分自身になってゆかねばなりない。

*起訴と言われる学びは、馴染み、気づく過程に存在するものではないという考えが小生にはある。つまり形式に成り立つ事で

本来の個々の感性が引き出せない。だから

自分自身の成長は「自分の花舞台」を持つことだと信じている。

 

bottom of page